8章 ターゲットは

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 拓斗は、まさに、そう、まさに風を切って走っていた。茂みをぬけてすぐにあった緑色のフェンスを越え、道路に出た。拓斗は、 そのあとすぐに、少し離れたところにリンがいるのを見つけ、とりあえずそちらに向かうことにする。
 ここで拓斗は、妙なことに気付いた。店などを行き来する人達が、全員その場に止まっているのだ。そればかりか、車道を行き交う 自動車も、全てがその場に停車している。拓斗以外、全てがその場でストップしてしまっていた。
 拓斗ははじめ、リンかランが魔法を使い、そうしているのかと思った。拓斗がリン達と初めて出会った際、同じような魔法を経験 していたからだ。だが、それはすぐに違うと気付いた。なぜなら、少し先にいるリンさえも、まるでスローモーションを見ている かのような動きなのだ。仮にランが魔法をかけたのだとしても、ランほどの魔女ならリン以外にそれをすることも可能だし、第一 逃げる敵だけにその魔法をかければいいからだ。
 そして拓斗は、なぜそういう状況になってしまっているのか気付いた。拓斗はさきほど、能力向上魔法により、自らの速度を上げて いる。そして、拓斗はリンとランが驚くほどのセンスの持ち主だ。つまりは、拓斗があまりにも速く走っているために、他の物が 止まっているかのように見えてしまっているのだ。
 拓斗は、すぐにリンに追いつくと、
「リンさん!」
 背後から声をかけ、手をパンと叩き、魔法を解いた。たちまち周りの景色が動き出す。
「?! 拓斗くん?!」
 リンは、突然声をかけられたことにも驚いたが、それ以上に、それが拓斗であるということに驚いているようだ。なぜならリンは、 自分は魔法で速度を上げて走っていたし、拓斗はしばらく市民公園にとどまっていたはずなのに、もう拓斗が追いついてきたからだ。
「え、拓斗くん、なんで?!」
「なんか分かんないけど、魔法が上手くいったみたいで。そんなことより、オレはどこにいけばいい?」
 拓斗は、まだ驚いているリンに、拓斗にしては珍しく、冷静にそう言った。
「え、あ、そうなんだ……。んっとね、さっきそこの道をランが真っ直ぐ行ってたから、あたしは右に行く。だから拓斗くんは左を お願い」
 リンも、そんな拓斗を見て落ち着き、少し車通りが多い、大通りのような交差点を指差してそう言った。
「分かった。もし怪しいのがいたら、すぐに報せるから、じゃ!」
 そして拓斗はそう言うと、また速度上昇魔法を使い、その場から去った。
 次の瞬間、リンの視界から、拓斗は完全に消えていた。それを見たリンは、少し、複雑そうな表情をしていた。

「ちょっと変な気分になってきたし」
 拓斗は、リンと分かれた後も、走り続けていた。その速さは、やはり尋常ではない。拓斗は、自分以外の物全てがずっと止まっている ように見えてしまう故、少し気分がおかしくなっていたのだった。
 拓斗は、とりあえず止まることにした。これ以上この状態を続けると、本当におかしくなってしまいそうだからだ。
「はぁ、はぁ……。ん、どこだっけ、ここ……?」
 拓斗の家から市民公園はかなり離れている故、拓斗はこの辺りの地理には詳しくない。もっと早く気付けばよかったのだが、拓斗は 道に迷ってしまっていた。
「あぁ……どうしよ……今は狙われてるとかそういう問題じゃなくて、帰れないかも……」
 拓斗は、やはり拓斗だった。さきほどの冷静さはどこへやら、誰が見ても、拓斗は焦っていた。
 拓斗は焦りつつも、とりあえず辺りの状況を見渡すことにする。そこは、どうやら住宅街のようだ。大通りを走っていたはずの拓斗 だったが、夢中で敵を探していたため、いつのまにか住宅街まで来ていることに、気付かなかったのだ。
「はぁ……しょうがない、覚えてるかぎり、きた道を戻るか……」
 拓斗は困ってしまい、結局そうすることにした。
 そして拓斗は、また魔法を使い、走り出そうとした。が、その瞬間、
「な、な……!」
 拓斗のいる位置から最も近い曲がり角から、すさまじい爆音とともに、まさに紅蓮の炎と呼ぶべき炎が、勢いよく噴出してきた。
 拓斗は、思わずそう叫んでしまう。
 しばらく炎が噴出していたが、少ししてそれはやみ、あとにはもうもうとした爆煙だけが残っていた。
 拓斗は正直、すぐにこの場から逃げ出したかった。その炎は自分を狙っているものだ、と思い、同時に間違い無く殺されると思った からだ。だが、そうすることができなかった。なぜなら、さきほどの炎のすさまじさを見て、足がすくんでその場から動けなかっ たからだ。
 だんだんと、爆煙も晴れてきた。そして拓斗は、その爆煙の中に、人が一人立っていることに気付いた。そして、それはだんだんと こちらに近づいてくる。
「……!!」
 人が本当に恐怖したとき、本人は叫んでいるつもりでも、実は声が出ていないものである。それ同様、拓斗自身は大声で叫んでいる つもりなのだが、それは声になっていなかった。
 そうこうしている間にも、拓斗が見た人は、少しずつ近づいてくる。
 そして、ようやく爆煙が晴れ、その人物の全貌があきらかになった。
 その人物は、拓斗が知っている人物だった。
「……れ……レイ……さん……?」
 その人物は、あのレイだった。拓斗は、震える声でそう言う。だがレイは何も言わず、前のように拓斗を睨み、一歩一歩、近づいてくる だけだ。
「え……まさか……レイさんが……?」
 拓斗は、未だ震える声でそう言う。しかし、やはりレイは近づいてくるだけである。
 そしてついに、レイは拓斗の目の前に来てしまった。
 拓斗は思わず、目をギュッと閉じる。
 と、その時、
「拓斗さん! 大丈夫ですか?!」
 どこからか、ランの声が聞こえてきた。恐らくさきほどの爆音を聞きつけ、ここに向かってきたのであろう。それほどまでに、 爆音はすさまじかったのだ。
 拓斗はその声を聞き、閉じた目を開き、ランの姿と確認しようとする。
 次の瞬間、レイは、拓斗の前から消えた。拓斗と同じように、ものすごい速さで移動しただけかもしれないが、少なくとも拓斗には、 そう感じられた。
「大丈夫ですか?」
 そして、レイが消えるのとほぼ同時に、さきほど炎が噴出してきた曲がり角から、ランが現われた。それを見た拓斗は、全身の力が ぬけ、その場にペタリと座りこんでしまう。
「拓斗さん、何があったんですか?」
「あ……あ……」
 ランは、拓斗を心配そうに見ながらそう問う。だが拓斗は、声にならないうめき声をあげるだけだ。
 そんな拓斗を見たランは、拓斗はとんでもない恐怖体験をしたのだと思い、拓斗の手を取り、ゆっくりと立ち上がらせたが、
「何があったのかは分かりませんが、とにかく、ターゲットは拓斗さん、あなたのようですわ」
 と、キッと少し恐い顔をして、そう言った。
 だが、拓斗にはその言葉は届いておらず、拓斗の頭には、”そこにいたのはレイ”という事実だけだった。


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