8章 ターゲットは
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「さぁ、始めますわよ!」
リンとランのバトルが終わり、少しして、ランはハイテンションで拓斗にそう言った。拓斗は、なされるがままである。
「リンさんの話によると、拓斗さんは水の魔法は使えるんですね?」
「え、あ、はい。なんとなく使えるようになりまして……」
拓斗はさきほどから、こんなかんじでランにおされつつ会話をしていた。
「魔の者達の基本としては、初めて使いこなせるようになった魔法が、得意魔法になっていきますわ。一口に水と言っても、今あなたが
使える初級魔法の水……せいぜいバケツ一杯くらいの水を出すものもあれば、中級魔法から上級魔法に値する、こういう水の魔法も
ありますわ」
ランはそう言うと、一呼吸おいて、扇子をひらき、バッとあおいだ。
すると、怒涛の勢いで、ランの背後から大量の水が現われたではないか。
「う、うわっ、うわっ?!」
拓斗はそれを見て、半ばパニック状態になってしまう。一方リンとランは、いたって冷静にその場で立っている。
まさに、ビッグウェーブとも言うべきその大水は、今まさにランのすぐ後ろに迫る。拓斗は、思わず目を閉じた。
拓斗は、そのまま数秒間目を閉じていた。だが、いつまでたっても、あの大水が拓斗に襲いかかることはなかった。
「拓斗くん、何やってんの?」
そんな拓斗を見て、リンは拓斗にそう言った。その声に、ようやく拓斗は目を開けた。
「あ、あれ……? あのすげー水は……?」
すると、そこにあったはずの大水は、忽然と姿を消していた。
「魔法というのは、使用した者の意思によって、消すこともできるのですわ。もちろん、それにもイメージが必要ですけどね」
「あ……そうなんですか……」
拓斗は、パニック状態になってしまった自分に恥じらいつつ、そう言ってうなずいた。
ランは、そんな拓斗の様子を可笑しく思いつつも、話を続ける。
「さきほども申しましたが、初めて使いこなせるようになった魔法は得意魔法になりますわ。そして拓斗さん、水はなかなかいいもの
ですよ。人と最も親しみがあるといっても過言ではないですし、形も固定されませんし、ほかの魔法との協発や、派生も容易にできます
わ。協発というのは、魔法の共同発動、つまり二つ以上の魔法を同時に発動させることですわ。ちなみにわたくしの得意魔法は、
地を利用した魔法と、シールド系ですわ。リンさんはたしか……火と速度をあげたり飛行したりする、自分の能力を向上させる魔法
でしたわね。ちょうどさきほどの戦いで見せたものですわね。このあたりは協発するのが少し難しく、子のころは苦戦しましたわ。
リンさんも、そうでしたよね?」
リンは、ランにそう問われたが、まださきほどランに負けたことを根にもっているのか、そっぽを向いている。
拓斗は、今までのリンとランの小競り合いを見ていて、いまいちランが特級魔人だという実感がなかったのだが、そのランの話や、
さきほどの大水の魔法を思い出し、改めてそうだということを認識していた。
「まぁ何はともあれ、今拓斗さんが使える初級魔法の水を、”無印魔法”で使えるようにすることですわ」
無印魔法。
それは、手を叩いたり、ランのように扇子をあおぐなど、イメージを具現化するための、自分への合図をせずに発動させる魔法のことである。
これをできるようにするためには、とにかくできるようにしたい魔法を何度も発動させ、体で慣れるしかない。それ故に、無印魔法を
収得したいと思う魔の者達は、必死に魔法を何度も発動させるのであった。
「では、時間が惜しいので、始めましょう。とりあえず……ターゲットはリンさんでいきましょう」
「え? ちょっと、何言ってるの、ラン?!」
ランは、笑顔で拓斗にそう言うと、クルリとリンの方を向き、何か企んでいるかのような笑顔になり、そう言った。
リンは、急に自分の名前が出てきて驚いたのか、少しアタフタしてそう言った。
一方拓斗は、
(よーし、特級魔人のランさんがせっかく見てくれるんだ、リンさんには悪いけど、頑張るぞ!)
始めの困りぶりとはうってかわって、そう意気込むのであった。