8章 ターゲットは
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「負けませんわよ、リンさん!」
「望むところ〜!」
リンとランは、互いに対峙し、今戦いを始めんとしていた。
拓斗は、少し離れたところで、その様子を困り顔で見ている。
「はぁ〜……なんか大変なことになっちゃったな」
拓斗は、ため息まじりでそう言った。
今から少し前、ランは拓斗に興味を持ち、リンそっちのけで拓斗と話をしていた。
「ああ! わたしくが特級魔人でなかったら、わたくしが育てたいですわ〜! リンさんには勿体ない逸材です!」
ランは、拓斗の手をとって、目をキラキラさせてそう言う。拓斗は、そんなランへの対応に困り、アタフタするばかりだ。
「ちょ、ちょっとラン! 拓斗くんはあたしの子なんだからねっ!」
リンは、必死でランにそう訴える。だがランは、そんなリンを無視し、
「そうですわ! せっかく今拓斗さんがここにいるのですから、今だけでも拓斗さんを育てればいいのですわ!」
と、一人で明後日の方向を向いてそう言った。
これにはリンは憤慨し、
「こら、ラン! あたしの話を聞け〜〜!!」
と、ランの前にズイと踏み出てそう叫んだ。
「もう、うるさいですわね。……あ、そうですわ、リンさん、一つ提案があります」
ランは、興奮するリンとは対照的に、いたって冷静にそう言った。
思わずリンは、
「ん、何よ?」
と、聞き返してしまう。
「今からわたくしと戦いませんこと? もしわたくしが勝ったら、今日、拓斗さんは、わたくしに育てさせてください」
ランは、リンには見下すような目でそう言って、最後に拓斗にはキラキラした目で見ながらそう言った。
これに驚いたのは拓斗である。
「え、ええ?! なに言ってんですかランさん!」
拓斗は、そのランの提案にあからさまに動揺してそう言った。そして、助けを求めるような目でリンを見る。
だがリンは、
「望むところだよ! じゃああたしが勝ったら、ロイヤルビッグパフェおごってよね!」
と、拳をグッとにぎりしめ、そう言った。
ちなみに、ロイヤルビッグパフェとは、リンとランの行けつけのカフェにあるメニューの一つで、パフェなのに一万円もする代物
である。リンは、前々からそれを食べたいと思っていたらしいのだが、とてもリーズナブルとはいえないそれに、手が出なかった
のだ。
パフェに負けてしまった拓斗は、睨み合うリンとランを見て、もはやあきらめるしかなかった。
そして、現在に至るわけである。
リンとランは、互いに隙がないか見ているのか、ピクリとも動かない。拓斗は、思わず息を飲んだ。
次の瞬間、二人は同時に動いた。
先にしかけたのはランだ。
「くらいなさい! ターゲットリン!」
ランは、手に持った扇子をバッとあおぎ、そう叫んだ。
すると、リンの足下の地面が一瞬揺れた。そして、そこから鋭く尖った岩の棘が、地面から勢いよく飛び出してきた。
拓斗は、リンが串刺しになったと思い、思わず目を覆う。
だが、
「甘い!」
それは起こっていなかった。
リン、スピードをあげる類の魔法を使い、間一髪、バック宙でそのランの攻撃をかわしていた。そしてリンは、そのバック宙で
回転している間に手をパンと叩き、地面に着地すると同時に両手をランのほうにかざした。すると、かざした手のひら前に、
拳大の赤い球体が現われた。
「おかえしだよ!」
そして、リンがそう言うと、その赤い球体が、ランめがけて発射された。その赤い球体は、通った場所に赤い跡を残し、
かなりのスピードでランに迫る。
「そちらも甘いですわ!」
だがランは、余裕の表情でそう言うと、ひらいた扇子で口元を隠すようにした。すると、ランを包むようにして、半透明のオーラの
ようなものが現われた。
次の瞬間、リンの放った赤い球体と、ランが出現させた半透明のオーラとが接触した。
拓斗の視界は、赤一色に支配された。それは、一種の衝撃波のようなものだった。拓斗は、それのせいで、その時何が起こっていたのか
分からなかった。
しばらくすると、ようやく拓斗の視界ははれた。そして、拓斗の見たものは、
「リンさん!」
倒れているリンと、その横で悠々と立っているランだった。
「まだまだですわね、リンさん。魔法を使用したあとの隙が大きすぎですわ」
ランは、扇子をあおぎながらそう言った。
「う、ぐ……!」
リンは、辛うじて自分の力で立ちあがったが、顔をしかめ、言葉を発することができない。
拓斗がかけよると、リンは、手や足はもちろん、額の辺りからも出血していた。
「大丈夫?! リンさん!」
拓斗が心配そうにそう言うと、上手く言葉が発せられないリンのかわりに、ランが口をひらく。
「大丈夫ですわ。かなり手加減しましたから。いちおう、治癒魔法をかけておきますわ」
ランはそう言うと、扇子をリンの頭の上で静止させ、目を閉じた。するとどうだろう。リンの負った傷がみるみる治っていく
ではないか。
拓斗はそれを見て、ホッと胸をなでおろした。
「何はともあれ、今日一日、拓斗さんはお借りしますわよ、リンさん」
「わかってるよ」
リンは、そう言うランに、悔しそうにそう言うしかなかった。
拓斗は、ホッとしたのもつかの間、また困り顔になるのであった。