7章 新入居です!
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翌日。
拓斗は学校がある故、その準備をしていた。
「拓斗くん、もう七時半だよ! 急いだほうがいいよ〜」
「急いでるって!」
リンは、一晩たって機嫌を直したのか、拓斗にそう言った。拓斗は、急いで教科書類をカバンにつめながらそう返す。
「よし、行ってくる! 戸締りよろしく! あと昼飯は、台所にあるもん勝手に食べていいから!」
「朝ご飯くらい食べていきなよー。まぁいいや、行ってらっしゃい!」
リンは、玄関まで拓斗を見送りそう言った。ちなみに拓斗の母親は、朝早くから夜まで仕事に行っているため、リンの存在が
バレることはない。拓斗は、そういう安心もあり、少しリンに、自宅でそう見送られるのに違和感を感じつつもそう言って、
走って学校に向かった。
拓斗が家を出た直後、少し先に、見覚えのある後ろ姿があった。
「あ、智!」
その後ろ姿は、拓斗の幼馴染である智則だった。拓斗は、そのまま智則の隣まで走って、
「よ、智。なんか久しぶり」
と、声をかけた。
「あ、拓。おはよう」
それに気付いた智則は、拓斗にそう言って、
「拓、最近どうしてたの? 僕いつも家の前で待ってたのに、こないんだもん」
少しムッとした顔でそう続けた。
「あー、ごめん。最近オレ友達の家に泊まってたんだ。で、昨日帰ってきたんだよ」
そんな智則に、拓斗は頭をかきながらそう言った。
友達の家とは、もちろんリンとレイのマンションのことである。拓斗は、そのマンションに行く前までは、毎朝智則と共に登校
していた。ちなみに、拓斗と智則の家は隣どうしで、それ故に幼馴染なのだ。
「あ、そういえば智に聞きたいことがあったんだ」
少し二人で歩いたところで、拓斗がそう切り出した。
拓斗の聞きたいこととは、少し前秀也に見せられた、カノンと智則のツーショット写真のことである。拓斗は、それを見せられたとき
から気になっていたのだ。最近はいろいろとあって忘れていたのだが、智則本人を目の前にし、思い出したのだ。
「あのさ、カノンって人、知ってる?」
「か、の、ん? 何かのゲームのキャラクター?」
拓斗のその問いに、智則は怪訝な顔で拓斗にそう問い返した。
(なんだ……やっぱ別人かな。でも秀也、たしかあの写真校門で撮ったとか言ってたような……。でもまぁ、本人がそう言うなら違う
よね!)
拓斗は、智則のその反応にそう考えた。そして、疑問が晴れた拓斗は、大事なことを思い出す。
「あ、智! そういえば時間がマズイんだって! 走らないと!!」
拓斗は、智則と話しをしていたせいで、学校に遅れそうなことを忘れていたのだ。だが智則は、
「え、何で? まだ七時三十七分……ぜんぜん余裕だよ」
と、腕時計を見ながらそう言った。そう言われた拓斗は、ハタと思い出した。
拓斗がリンとレイのマンションから登校する際は、いくら車と言えどもかなり距離があるため、七時三十分ほどに家を出発
せねばならなかったのだが、拓斗の自宅から登校する際は、八時に出発しても十分に間に合うのだ。拓斗は、ここしばらくあの
マンションにいた故、そちらの癖がついていたのだ。
拓斗は、
「あ、そだよね。ま、気にしないで」
と言って、それとなくごまかすことにした。
拓斗が教室に入り、席に座ると、それに気付いた秀也が近づいてきた。ちなみに智則は、学年が違うため、当然クラスは
同じではない。
「よう拓斗。……どうだ? リンは」
秀也は、挨拶もそこそこに、少し声のトーンを落としてそう言った。
「ダメだよ。しばらくそっちには戻れそうにない。今オレん家に泊めてるんだ」
「そうかぁ……。って、お前ん家かよ。あ、エロいことすんなよ」
「するかバカ!!」
拓斗はそう言って秀也を軽く叩いたが、拓斗はその秀也の言葉は、少し元気のない拓斗を、少しでも元気付けようとしているものだと
分かっていた。
「そうだ、あとであの袋持ってってくれ。リンの着替えとか、サイフとか、必要っぽいもの入ってるから」
秀也はそう言うと、教室の後ろのロッカーの上にある、少し大きめの袋を指差してそう言った。
「お、サンキュ。そうか、着替えってもんが必要だったね」
拓斗は、指差されたその袋を見ながらそう言った。
「ホントはオレが用意したって言えって、レイさんに言われてたんだけどさ、あれ準備したのレイさんなんだ。やっぱ心配なんだよな。
レイさんが用意したってのをリンに言うか否かはお前の勝手だけど、できれば言ってほしいな。……だって、下着だのなんだのも
入ってるだろうから、オレがやったっつーのはまずいしな」
秀也はそう言っているが、やはり秀也自身も、リンのことが心配なんだろう、と、拓斗は思った。
「とにかくだ。たぶん今リンを元気付けれるのは拓斗、お前だけだと思うから、頑張れよ。悪いな、無責任っぽくて」
その日の授業は、拓斗の頭にほとんど入ってこなかった。
”今リンを元気付けれるのはお前だけだ”
秀也のこの言葉が、拓斗の頭の中で、渦を巻いていた。