7章 新入居です!
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「どうしてこうなっちゃうかなー」
拓斗は、市民公園を後にし、リンとレイのマンションには戻らず、自宅に来ていた。
拓斗が突然家に帰ると、少し驚いて拓斗の母親が出てきて、
「同棲は失敗?」
などと笑いを含みつつそう言った。
拓斗は、そんな母親など気にもせず、二階にある自分の部屋へと向かった。
さて、なぜ拓斗はこの拓斗の家へ戻ってきたのか。
「じゃーこれからよろしくね、拓斗くん」
「う、うん……」
その原因は、リンが先ほど拓斗に言った頼み事にあった。
リンの頼み事とは、”拓斗の部屋に住ませろ”というものだった。拓斗はそれを聞いて、正直拒みたかったのだが、”なんでも言え”
と言ってしまった手前、必ずしも実現不可能ではないそれを、断ることができなかったのだ。
ただ、このことは拓斗の母親には秘密にすることにした。なぜなら、母親になんと説明すればいいか分からないし、
たとえうまく説明できたとしても、その後どう接していけばいいか不安だったからである。それ故にリンは、
窓から拓斗の部屋に入った。もちろん、魔法を使って、である。
「へー、これが拓斗くんの部屋かぁ……」
リンは、靴をぬぎながらそう言うと、興味深げに部屋を見渡す。それを見た拓斗も、なんとなくつられて部屋を見渡すと、ほんの数週間この部屋から
離れていただけなのに、なんとなく懐かしさを感じていた。
部屋には、ベッドやテレビ、ゲームの類、そして、拓斗が密かに趣味としている車関係の雑誌やポスターが散乱している。決して
広くはないこの部屋には、それだけで精一杯に思える。
(普段からもっと掃除しとくべきだった……。いくら二つ下と言っても、女の人がオレの部屋にいて、しかもしばらく住まわせる
なんてね……)
拓斗は、そんなことを考えて、意味もなく少し緊張しいたのだが、
「あ、この車カワイイかも」
と言いつつ、拓斗の車の雑誌を見ているリンを見て、
(ま、そんなもんか)
と、思うのだった。
そんなこんなで数時間たち、二人はそろそろ寝ようとしていた。
「あたしご飯食べてないから、ベッドくらい貸してよねー」
リンは、拓斗にうらめしそうにそう言った。
拓斗はこの家の住人である故、少し前に夕飯は食べたのだが、リンはこの家にいることを隠さないといけないので、拓斗達と共に
夕飯を食べられるはずもなく、拓斗が夕飯を食べている間は、ずっと拓斗の部屋で待機していた。外へ何か買いに行けばいいような
ものなのだが、如何せんリンは財布を持っておらず、拓斗は金をほとんど持っていなかったため、そうすることができなかったのだ。
「待ってよ。朝、母さんオレを起こしにくるんだから、リンさんが寝てたらものすごくまずいでしょ。だから、悪いけど……」
拓斗はそう言うと、ある場所に目線をおくった。
「え……ちょっと……マジ?」
その場所とは、おし入れだった。
「でも、そこしか……。い、いちおう使ってない布団もあるし、リンさん小さいから大丈夫だと思うよ。それに急にオレの部屋に住む
っていっても無理あるよ……。戻ればいいのに……」
拓斗はそう言ってから、しまった、と思った。”戻ればいいのに”、さすがにこれはまずかった。
「な、チビで悪かったね、胸がなくて悪かったね! 拓斗くんはレイちゃんに殺されるかもしれなかったんだよっ! それなのに
レイちゃんの肩を持つわけ?!」
「か、肩を持つだなんて……。っていうか、胸なんて一言も……」
「もういい! 寝る!!」
案の定リンは怒ってしまい、そう言っておし入れの戸を勢いよく開け、その中に入り、そして勢いよく戸を閉めた。
拓斗は、自分はどうすべきか分からなかった。
と、その時、
「拓斗ー、誰かいるのー?」
階段の下辺りから、拓斗の母親の声が聞こえてきた。リンの声が大きかったため、一階にも聞こえてしまっていたらしいのだ。
「あ、えと、間違えてテレビの音量マックスにしちゃっただけだから、なんでもない!」
拓斗は、そう慌てて訂正をした。
そして、拓斗はなんだかもうよく分からなくなってしまい、とにかくもう、眠ることにした。
拓斗は、一時間ほどたっても、まだ寝つけずにいた。異性と同じ部屋にいるという緊張もあるが、それ以上に、リンとレイの関係
のことが気がかりでしょうがなかったのだ。
「リンさん、寝つけたかなぁ……」
拓斗はそう言うと、リンのいるおし入れに近づいていった。拓斗のその言葉は、リンと会話をするための、自分への口実だったのかも
しれない。
「あの……リンさん」
拓斗はそう言って、おし入れをノックしようとした。
が、その時、そのおし入れの中から何かが聞こえてきた。気になった拓斗が、おし入れに耳を押し当てると、それはリンの泣き声
だった。外にもれないようにその声をおし殺してはいるが、やはり完全に防ぐことはできないようだ。
(リンさん……やっぱり……)
拓斗は、そのリンの泣き声を聞き、今はそっとしておいたほうがいいと思い、また寝床につくことにした。