6章 過去の事実

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 四年前。
 このころリンは、レイの子で、今ほど魔力の使い方が上手いはずもなく、魔法の練習の時にはペンダントを着用していた。
 そして、そんな日々がしばらく続き、ようやくリンが魔法の使い方に慣れてきたとき、レイがリンに、
「練習以外の時もペンダント付けていたほうがいいな。常に魔力が体外に出るから、上達がはやくなる」
 と言った。
 だがリンは、そのことに関しては少し知識を持っていたために、
「え? でもそれって体に悪いし。あたしイヤ」
 と、そのレイの言葉を拒絶した。
「大丈夫だ。この方法は、フォルテとシュラと、アスナさんに聞いた方法だから。間違いない」
「お母さん達が? それなら安心かも。よし、かしてっ!」
 だがレイのその言葉を聞き、一転して意見をひるがえしたリンは、レイの差し出していたペンダントを奪い取り、すぐに首から さげた。

 それから数週間たち、あと二週間ほどで、魔人育成の儀の書く付け試験の日となったころ、リンは、少し体に違和感を覚え はじめていた。
「ねえレイちゃん。最近、体の調子も魔法の調子も悪いんだけど、これってどういうこと? このペンダントのせいとかっ?!」
 その感覚に少し不安を持ったリンは、レイにそう問わずにはいられなかった。
「大丈夫だ、私を信じろ。それに実際、魔力だって強くなっている。問題ないよ、リン」
「ホントかなぁ……?」
 だがリンは、頑なにその意思を通そうとするレイの前に、そう折れるしかなかった。


「……それからニ日後、魔法の練習中に、あたしは自分の魔力を抑えきれなくて、魔力爆発を起こしたんだ……。あとで聞いた話に よると、やっぱりペンダントのせいだって……」
「魔力……爆発……」
 拓斗は、淡々と、だが、悲しそうに語るリンを、直視することができなかった。


 リンは、その魔力爆発が起こった日からまる三日間、ずっと眠りつづけていた。
 魔力爆発とは、魔法を使うためイメージを具現化する際、体内から魔力を放出するのだが、自分の持つ魔力が、自分のコントロール できる量をこえている場合魔法を使うと、大きな爆発を起こしてしまう現象のことである。
「……ん……あれ……ここは……?」
「あ、リン、起きたのね」
 リンが目を覚ますと、ベッドに寝かされ、体には包帯が巻かれていた。どうやらそこは、そのころ、リン、レイ、そしてリンの母親 が住んでいるマンションのようだ。
「お母さん……」
 ちょうどその時、リンの母親であるアスナが部屋におり、それに気付いたリンは、力なくそう言った。
「リン、あなた三日間も寝てたのよ。……覚えてる? 三日前のこと」
 アスナは、リンの寝ているベッドに腰かけ、優しくそう言った。リンは、体を起こし、無言でうなずく。
「レイのこと心配? それなら大丈夫よ。もちろんこれは、レイの過失だから、シュラやフォルテ、ライト、そして私からも 灸を据えたけど、あのレイのことだから、すぐに立ち直るわよ」
 そんなレイを見て、アスナは微笑み、そう言った。
 だがリンは、
「そんなんじゃない! あたしはレイちゃん嫌い! あたしはペンダントをずっと付けておくのはよくないって言ったし、体の調子が おかしかったこともちゃんと言ったのに、レイちゃんは大丈夫、大丈夫、って! 今回はあたし助かったからよかったけど、もし ……! あたし、レイちゃんを許さない!!」
 そんなアスナとは対照的に、ものすごい剣幕でそう言った。
「でも、この前リンが襲われたとき、それを助けたのは、レイでしょ?」
「そ、それはそうだけど……」  と、その時、部屋の外で、ガタッ、と、物音がし、その後、ドタドタと誰かが走って家の外に出ていった音がした。リンもアスナも、 そこにいたのは、共にここに住むもう一人の人物だということはすぐに分かった。
 アスナは、スッと立ちあがり、家の外に出ていったレイを追おうとした。だが、
「……お、追わなくていい! あんな人!」
 リンはそう言って、そんなアスナを止め、自分は布団にもぐりこんでしまった。

「それからレイちゃんは、うちに帰ってこなかった。でも、魔人育成の儀の試験当日は、子を育てた魔の者もその子と一緒に 参加しないといけないから、そのときだけは一緒に……。ホントはあの時、すごくイヤだった。レイちゃんもそうだったと思う」
 リンは、泣いているのか少し声がかすれていた。拓斗は、そんなリンにかける言葉が見つからなかった。
 そしてリンは、そのまま続ける。
「でも結果はよくて、レイちゃんは上級魔人になった。子は、育ててくれた魔の者がなった位の一個下の位になることになってるから、 あたしは中級魔人になった。それを考えると、失敗したにせよ、レイちゃんの育て方は間違ってはいなかったのかな、なんて……。 そう考えたら、ちょっと哀しくなってきちゃったなぁ……。あの頃は、あたしもレイちゃんも頑固で、自己中で……。あ、あたしは 今も自己中かもしれないけど……。でも、その一年後……いや、やっぱりこの話はまた今度……。はぁ、今のあたし、四年前と同じような ことやってるんだよね……。しかも、今回逃げ出したのは、あたし……」
 リンはそう言うと、いよいよ泣き出してしまった。拓斗は、まだかける言葉が分からなかったが、今はとにかく、何かを言わないと いけないと思った。
「あのさ、リンさん。えっと、うまくは言えないんだけど……過去はやっぱり過去だと思うんだよね。だって、今ここにいるってことは、 どんなにつらい過去があったとしても、それを乗り越えてきたってことだから。それに、オレの見るかぎり、リンさんとレイさんって すごく仲良かった。それって一度は仲直りしたってことだよね。だから今回もきっと……いや、絶対! あのさ、オレにできることが あったらなんでも言ってよ! できるかぎりやるからさ!」
 拓斗は、思いつくままのことを口にした。正直、自分でも何を言っているかよく分かっていなかったが、その言葉と、拓斗の真摯な 思いは、リンにしっかりと伝わっていた。
「うん……ありがとう……拓斗くん」
 リンは、拓斗に見えないように、下を向いて涙をふき、そう言った。
「じゃ、戻ろう、家へ」
「うん……」
 拓斗は、笑顔でそう言った。リンも、まだぎこちないものの、笑顔でそう言った。
 そう、少なくとも拓斗は、リンはそういう反応をすると思っていた。だが、実際は違っていた。
「ねえ拓斗くん、たしか今さっき、”なんでも言って”って言ったよね? じゃあさ、早速お願いしちゃっていいかな?」
 リンはそう言うと、拓斗の想像していた”まだぎこちない笑顔”ではなく、何かを企んでいるような、ニヤついた笑顔になった。
 拓斗は、少しは元気になったのかな、と思いつつも、そのリンの表情に、不安を覚えずにはいられないのであった。 


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