1章 キミを魔人に育てます!
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そうだよ。そうなんだよ。普通に考えれば魔女なんているわけないもんね。うん、そうだ、間違いない。さっきの海美さんとかいう
のが言ってたのも全部嘘なんだよな。きっとさっきの魔法ってのも、あれだ。なんか事故だったんだよ、あれは。だってそうだよね、
魔女ってのは、もっと魔女っぽいところに住まないとだめだよね。
海美さんと山綺さんと名乗る二人の女の人に誘拐、されてしまったオレは、その二人の住んでいるところにつれてこられていた。そして、それを見たオレは、唖然としてそんなことを考えていた。
「あ、拓斗くん。今、魔女なのにこんな普通のマンションに住むなんて変だ、とか思ってるでしょ?」
その場所とは、ごくごく普通のマンションだ。
だからオレは、海美さんと山綺さんに、いまさらながら違和感をおぼえて、少し強引に自分を納得させようとしたのだった。
「え、あ、すいません……」
でも、そんなオレの考えはお見通し、とでもいうように、海美さんがそう言ったので、オレは、なんとなく謝ってしまった。
やっぱり、頭の中では納得したつもりでも、オレはたしかに”浮く”ということを体験してしまったからかもしれない。
結局オレは、そのままマンションへと入ることになってしまった。
二人のの部屋は、マンションの二階にあった。
外見もそうだったけど、やはり中も、いたって普通のマンションである。普通に玄関があって、普通にリビングやキッチンもある。
テレビやソファなどの家具とかも、どこの家にもあるようなものばかりである。
「座れ」
よくわからなくなってきたオレが、部屋をキョロキョロ見ていると、海美さんがまたオレを睨みつけながらそう言った。その、いかにも有無を言わせず、とでも言わんばかりの山綺さんの目を見て、オレはあたふたしながらソファに腰かけることしかできなかった。その、
テーブルを挟んで、反対側にあるもう一つのソファに、山綺さんも座った。
山綺さんは、相変わらずオレを睨みつけている。それが、ホントに恐くて、オレはずっと下を向いていた。
そうしてしばらくそのままの態勢でいると、なんとなく嫌な雰囲気になってきたような気がしてきた。
さっきまでは、なんとなくその場をなごませていた海美さんがいたけど、今ここにはいない。海美さんははというと、部屋に入ってすぐに、奥の部屋に行ってしまい、今この部屋にはいない。
「……おい、貴様」
「は、はい!」
しばらく嫌な雰囲気があったあと、急に山綺さんが口をひらいた。
山綺さんはかなり小さい声でいったのだけど、その声にはすごく迫力があって、オレは思わずビビリながらそう返事をしてしまう。
「……貴様、まだ私達が本当に魔女だと信じていないな?」
相変わらず迫力のある声で、しかも図星をつかれてしまったオレは、ますます小さくなってしまう。さらに、
「どうやら本当にそうらしいな。……では、証拠を見せてやろう」
と言って、スッと立ちあがった。
「え、あ、ええ?!」
いくら魔法のことを信じきれていないと言っても、それでなくても恐い山綺さんが、そんなことを言うのだ。オレは、なにをされるか
気が気でなくて、本当はすぐにでも逃げ去りたい気分なんだけど、腰がぬけてしまって、立ちあがることすらできなかった。
山綺さんは、オレをジッと睨みつけたまま、両手を叩いて、パン、と音を出した。
――刹那。
オレの視界の左隅に、何か白黒っぽいものが写った。そして、その白黒っぽいものは、そのままオレの前を横切ろうとしたけど、
なぜかちょうどオレの目の前で一瞬停止し、そのままオレの右足に落下した。
「いっ?!」
オレは、思わず声をあげながら地味に痛がりつつ、オレの足に落ちたそれを見てみる。それは、少し大きい石だった。というより、猫の形をした石である。
「待て〜〜〜シマ〜〜〜〜!」
オレが、不思議に思いながらその石を見ていると、突然海美さんの声がして、奥の部屋から、海美さんが走って出てきた。そして、
「ねえ、レイちゃん。こっちにシマがこなかった?」
と、山綺さんに言った。
山綺さんは、
「それだ」
と、オレの見ている石を、指さしながら言った。
「あ〜〜〜! レイちゃん、なんてことを……」
それを見ると海美さんは、そう言いながらオレの足下にある猫の形の石を抱きかかえた。そして、
「もう! レイちゃん、なんでシマを石にしちゃうわけ〜〜?!」
と、山綺さんを軽く睨みつけながらそう言った。
「別に、死魔を石にするつもりはなかった。ただ私は、そこの男がまだ魔法を信じておらんようだから、証拠を見せようと思って、
そいつに魔法をかけようとした。だが、ちょうどその瞬間に死魔がきて、死魔に魔法がかかった。ただそれだけのことだ」
それに対して山綺さんは、海美さんに近づきながらそう言って、両手を叩いて、パン、と音を出した。
すると、海美さんの抱きかかえている石が、だんだんと色が変わっていって、シマシマ模様の猫が現われた。
オレは、その光景を見て、いまいち何が起こったのか分からず、思わず目をぱちくりさせる。
「そういうことか! ……って、それじゃあレイちゃんは、拓斗くんを石にしようとしたわけ?」
「そのとおりだ」
そのとおりだ。って、ちょっと待ってよ。というか、猫が石に? そしてまた猫に? どういうことなんだよ、いったい。もしかして、本当にこの二人、魔女なのか?
「まあいっか。あのね、拓斗くん、この猫ちゃんは”シマ”っていうんだよ。よろしくね」
「漢字で書くと、死ぬ、に魔法の魔、だ」
「レイちゃん、それ嫌いっていってるでしょ〜!」
「ニャー」
自問自答するオレに、のん気に海美さんは抱えた猫の紹介をする。そして、のん気に鳴く猫、死魔。
オレは、それを見て、なんとなく、うらめしく思うのであった。