1章 キミを魔人に育てます!
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「あ、熱い〜〜! 水、水、水!」
オレは、とある理由から火ダルマになって、どたばたとあたりを走りまわっていた。
「きゃあ、もう、なにやってんの!」
そんなオレを、オレの近くで見ていた女の子が、呆れ顔でそう言う。そして、手をパンと叩いた。そうすると、オレの頭上に、突然水の塊が現われた。そしてオレは、その水をかぶり、体にまとわりついていた炎は、ようやく消えた。とりあえずオレは、ホッと胸をなでおろす。
「あはは。キミ、もっと集中しなきゃダメだよ?」
「は、はぁ……」
なんでこんなことになってしまったんだろう。オレは、壁にかけてある時計を見ながら、今から数時間前のことに思いをはせていた。
今から二時間くらい前の、とある高校の放課後。
学生達が帰宅する波の中に、オレ、倉地拓斗はいた。
「は〜、今日も終わった終わったっと!」
勉強好きの学生なんて、そうはいない。もちろんオレもその一人。思わず、背伸びをしながらそう言ってしまった。
「お〜い、待てよ、拓斗〜」
そんなことをしているとき、背後から、オレを呼ぶ声がした。
「はぁ、はぁ……。忘れ物とりに行ってただけなんだから、待っててくれたっていいだろー?」
「だって遅いんだもん、秀也」
振り向くと、そこにはさきほど忘れ物をとりに教室に戻っていた、天野秀也が息を切らしつつ立っていた。秀也とは中学からの付き合いで、高校に入ってからもクラスが同じだったりして、いつも一緒にいた。
「んじゃ、またな〜」
「バイバイ、また明日!」
学校からしばらく歩いたところで、オレと秀也の帰り道が違うので、秀也はそう言って手を振った。オレは、それに同じく手を振って答える。
オレは、そこからも、いつもの道を、いつもと同じように歩いていた。でも、
「あれ? なんか変だなぁ……」
いつもなら、秀也とわかれた所からオレの家までは、五分もかからない。でも、オレはそこから十五分くらい歩いているのに、
いっこうに家につく気配がない。もちろん、オレは道を間違えたり、いつもよりも歩くペースが遅いというわけではない。オレは、
終りがない迷路に迷い込んでしまったような気分になってしまった。
「……え? どうなってんの……?」
「教えてあげよっか?」
オレが思わずそうつぶやいてしまったその時、ふいに背後から声がした。
驚いて振り返ってみると、そこには、オレンジ色の長いツインテール、オレンジ色の瞳をした、中学生くらいの女の子が立っていた。
「え……、だ、誰?」
「あはは、ゴメンね、こんなことして。とりあえず、あたしについてきて。そうしたら、この状況から脱出できるよ」
こんなことをして? この状況から脱出できる? 何を言ってるんだよ、この女の子。
オレは、混乱していた。それも、しょうがないことだけど。
オレはただ、いつもと同じように歩いていただけなのに、家には着けないし、目の前の女の子の登場、あげく、”あたしについてき
て”などとその女の子は言うのだ。
「え……えっと……」
「貴様に選択の余地はない」
オレが、答えに困っていると、またしても、背後から声がした。
「貴様はただ、私達についてくればいいんだ」
オレが振り返ると同時に、その声の主――青い長髪、青い瞳の、大人っぽい女の人はそう言った。
気づくと、オレは前後をはさまれ、動けなくなってしまっていた。オレは、ますます混乱してしまう。
あたふたするばかりのオレとは裏腹に、二人の女の人はのん気なもので、オレをはさんで会話などはじめてしまった。
「レイちゃん。そんな恐い顔して言わなくてもー。もっとこう、優しく、笑顔で、ね?」
「そんなことしてなんになる?」
「え? なんになるって言われてもなぁ。んー、あ、ホラホラ、拓斗くんだって必要以上に混乱しなくてもすむかもでしょ?」
オレは、ドキっとした。オレンジの女の子の口から、拓斗というオレの名前がでてきたからだ。
「ほう。混乱しなければ、コイツは素直に私達についてくるのか? もしそうならば、私はそうするが」
「え? う……。レイちゃんの意地悪!」
「はぁっ……。そんなことよりリン。はやくコイツをつれていくぞ」
「あ、そうだったね」
オレは、またドキっとした。この二人の会話を聞いていて、なんとなく拍子抜けしていたけど、どうやらまたオレに目線が
うつったようだからだ。
「それじゃ、とりあえず、あたし達と一緒に来てね、拓斗くん」
一緒に来て、などと言われ、とにかく困ってしまうオレ。でもオレは、とにかく今の状況を把握しないとダメだと思い、必死に頭を回転させた。そして結局、これは誘拐だ、という結論に達した。
そしてとにかく、オレはこの場から逃げ出そうと考えた。
オレは、とりあえず前後の二人をみやる。そうすると、次にどうするべきか、すぐに答えはでた。どう見たって、青の女の人よりも、オレンジの女の子のほうが弱そうだ。だから、オレは、そのオレンジの女の子のほうに向かって、走り出そうとした。オレはサッカー部だし、足にはなんとなく自信があって、逃げ切れると思った。だけど、
「な、なんだこれ?!」
なんと、オレの体は、宙に浮いていた。信じられないけど、本当にオレの体は、数センチながら浮かんでいるのだ。オレが、いくら手足をジタバタさせて地面に足をつこうとしても、浮いたその場から、落ちたり、前に進んだりすることはなかった。
「貴様に選択の余地はないといったはずだが?」
「ゴメンね、拓斗くん。キミ、逃げちゃうみたいだから、このまま車まで運んじゃうね」
オレンジの少女はそう言うと、笑みを浮かべつつくるりと後ろを振り返り、歩き出した。
そうすると、いくらもがいても動かなかったオレの体が、そのオレンジの少女についていくかのようにして進み出した
ではないか。
オレは、もっともがいてみたけど、やっぱりオレの体はいうことをきかない。もうオレは完全にパニクってしまって、もう、その二人の女の人は何者なのか、などと考えることしかできなかった。